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好きです美山! 清水正一の美山の町づくりサイト |
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| こちらは福井市美山地区です(旧・足羽郡美山町) | ||||
| 福井新聞が「市町村合併特集」を組んでくれた。現時点で考えられる課題をいろんな視点から論点整理をしている。 今回の市町村合併は、当初描いていた姿とは大きく食い違う「合併ありき」の結果になってしまった。鯖江市が抜けて枠組みも変わり、対等合併が編入合併になってしまった。合併協議は行政主導であり、住民の意見が充分に反映されなかった。 その責任は、当然、行政や議会にもあるが、しかし最終責任は、われわれ市民が取らなければならない。合併が直前に迫り、過去を振り返っていても仕方がない。この特集記事のタイトルのように、「新・福井市」は秒読みに入った。 さあ、これからが本番だ。夢を持って、市民主導のまちづくりで、新しい「元気な美山」と、新・福井市を作り出していきたい。 (合併から数年後、この記事に書かれた課題を克服し、元気な地域づくりが出来ていることを祈り、この特集記事を記録に残すことにした) 2006年1月 清水正一 |
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| 福井、美山、清水、越廼の四市町村が二月一日に合併し、人口約二十七万人の県都が誕生する。福井市にとっては五年越しの”悲願達成”だが、当初目指した「中核市」には至らず、三町村の編入にとどまった。市民の一体感をはぐくむには一定の時間が必要で、効率的な行財政運営も求められる。秒読みに入った合併までの歩みを振り返るとともに、今後の課題を探った。 |
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同市が合併に取り組み始めたのは二○○一年。前年四月に施行された地方分権一括法を受けて設置した研究会が「合併は避けて通れない」との結論を出した。一八八九年の市制施行後二十三回目、一九七一年の足羽町編入以来となる合併劇のスタートだった。 当初、鯖江市を含めた五市町村で人口三十万人を超える本県初の中核市実現を目指した。しかし、鯖江市民の理解が十分に得られず、地域自治組織の導入をめぐって対立。当時の鯖江市長が二○○四年三月に離脱を決め、白紙に戻った。残った四市町村は同年十一月に再度法定協議会を設置。福井市が美山、清水、越廼三町村を編入する形で昨年二月、協定書調印にこぎつけた。 昨年十一月に開かれた最後の合併協議会では、四首長があいさつ。それぞれの地域特性を生かした新市の発展を誓い合った中で、酒井市長は「新市の円満なスタートが、これからの大福井市を展望する上での第一歩」と強調。今後の地方分権社会を見据えながら次の合併を展望、県都の誇りと責任を示した。 ■ ■ ■ 四市町村の合併協議では、鯖江市が参加していた際に話題になった「ツインシティー」のような華々しい構想はなく、協定項目の処理が粛々と進んだ。この間、水面下では新たな自治体を加えようという動きもあったが、いずれも実を結ばなかった。 新しい県都は西の海岸線が約二十五キロに及び、東には足羽川の緑豊かな自然が広がる。市域は一・六倍に拡大するが、福井市が周辺の小規模町村を”のみ込む”構図に変わりはない。町村住民の感情に思いをはせれば、当面は二十七万市民の一体感の醸成が課題となる。 福井市が一九九七年度から取り組んできた行財政改革も、振り出しに戻る。指定管理者制度の導入など「官から民へ」の流れとは裏腹に、三町村の地方債や赤字ハコ物をすべて引き継がなければならない。人口減社会の到来で財源の選択と集中が必要となる中、効率的な行財政運営を進めながら、福祉や行政サービスの維持向上をどのように図っていくか。 ■ ■ ■ 最大の懸案である福井駅西口中央地区の再開発は昨年、市と経済界で事業推進の第三セクター会社を設立することが決まった。地権者合意を取り付けた上で、新年度は準備組合の設立を予定する。「にぎわい交流拠点」と位置付けられる再開発ビルの青写真がようやく見えてくる。 巨大プロジェクトの陰に隠れがちだが、地域に密着した道路、上下水道の整備など、市民が「合併してよかった」と実感できるような地域振興策も求められる。 酒井市長が勇退を決め、三月には新市の将来を託す市長選が行われる。新市長にはこれらの課題のほかに、中核市実現を見越した第二次合併、将来の道州制をにらんだ発展ビジョンなど、都市間競争に打ち勝っていく行政手腕が問われる |
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| 人口減社会の到来で福井市の税収は年々目減りしている。国の地方交付税の抑制は強まり、毎年重くのしかかってくる債務返済。それでも福井駅周辺開発や地域振興など、継続して行わなければならない行政課題は山積している。 財政力の弱い三町村を編入することで、将来はさらに厳しい事態も予想されるが、福井市財政部の吹矢清和部長は「財政力が弱まるとは思わない。むしろ優遇措置の方が大きい」と言い切る。
最大のメリットは、合併後十年間は合併前の市町村の普通交付税が保障される「合併算定替」。二○○四年度決算でみた場合、福井市だけでは四十八億円だが、美山、清水、越廼を加えると九十六億円に倍増する。「人口の伸びが7%しかないのだから、その恩恵は非常に大きい」(吹矢部長)という。 加えて合併特例債の恩恵もある。一つの事業経費の95%を借金で賄うことができ、借金の七割は後年度に国が交付税を割り当ててくれる有利な起債。新福井市の場合、総額で三百二億八千万円。財政部は「これら優遇措置を活用すれば、当面の道路整備や学校改修などの事業費は確保できる」と見込む。 ■ ■ ■ ただ、三位一体の改革の中で国は新年度の交付税総額を本年度より5・9%減らすと発表した。算定替は額を保障するものではなく、総額が減れば当然交付税も減る。超少子高齢化社会を迎える中、一般会計に占める扶助費の割合は年々大きくなるのは必至。国のさじ加減によっては、思惑通りの財政運営ができるかどうかは不透明だ。 三町村が加わることで、新市の債務は市民一人当たり三十三万三千円から三十六万二千円へと増加する。財政力指数や経常収支比率、公債費比率といった財政の健全性を計る指標も、現在の福井市より軒並み悪化する。 一九九七年度以来、当初計画を上回るスピードで約四百人を削減してきた職員数は、三町村の職員を引き継ぐことで、九九年度並みの二千三百人台へ逆戻りする。○五年度の三町村の当初予算を単純に足すと、人件費は約十六億八千万円も膨らむなどデメリットは少なくない。 越廼村の経常収支比率は○三年度、起債なしには収支の均衡が図れないとされる100%を突破していた。○四年度はさらに4ポイント余り悪化し109・8%となった。温泉施設「波の華」や水仙の里公園「ふるさと資料館」など、ハコ物の維持管理費や建設借入金返済のツケが回り、財政を圧迫しているのが要因。合併ではこうした”負の遺産”も福井市が引き継ぐ。 ■ ■ ■ 新福井市の将来像としてまとめた「新市まちづくり計画」には人、街、自然、文化の共生・調和を基本目標に▽小中学校増改築▽総合体育施設整備▽福井駅西口再開発―など多彩な事業が並ぶ。多くは、合併特例債や算定替の交付金を当て込んだ事業だけに、財政部は「優遇措置が先にありきの財政運営ではなく、新市の発展にとって何が必要か、事業の見極めがより大切になる」と話す。 全国的に官から民への流れが加速する中、赤字施設の合理化や新たな職員削減を進め、いかに効率的な組織体制を確立するか―。「財政優遇措置があるこの十年が勝負。合併をテコに県都の行財政基盤を強化しなければ、都市間競争には打ち勝てない」。合併特命幹の村尾敬治総務部長は力を込めた。 |
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福井市国見地区には医療機関がなく、市街地などにある民間三病院が送迎バスを出している。越廼村の診療所までは車でわずか十分程度の距離だが路線バスがなく、お年寄りたちにとっては近くて遠い地。これまで行政の垣根が医療サービスの壁をつくっていた。 ところが、昨年七月に村営越廼診療所が公設民営化され、こしの医院が開院してから状況が好転した。高橋雅彦院長(39)は隣接する福井市大丹生町と小丹生町住民の要望を受け、十一月から送迎バスの運行を始めた。開院直後、お年寄りの急患が観光客の車に乗せられて来院するという事態を目の当たりにし「地域医療の充実に積極的になった」という。 公共交通網の整備が行き届かない越廼は、合併後も福祉バスが継続して運行される。国見や殿下地区の住民からは「バスで越廼の診療所や温泉施設に行きたい」と路線の延長を求める声が出ている。 ■ ■ ■ こしの医院を含めた越廼村の二施設、美山町の町営診療所など四施設、清水町の国民健康保険診療所の二施設は新市が引き継ぐ。いずれも地元住民の利用があり、地域医療の拠点としての役目を担っているからだ。 一方、現在の福井市では殿下地区が週一回、本郷と一光地区は県のへき地医療事業に基づく月一回の巡回診療にとどまっている。編入される周辺自治体の方が医療サービスに手厚い”逆転現象”が起きる。 こうした格差に、市保健センターの田中光夫所長は「医療機関が偏在していることが原因だが、格差是正は必要。ただ、民間医療機関との兼ね合いもあり、どこまで行政が支援できるか難しい問題」と頭を悩ませる。 ■ ■ ■ 新市の高齢者、障害者福祉事業は、支援制度やサービス内容が充実した福井市に基本的に統一される。三町村とも「プラスになることが多い」と歓迎する。ただ「サービスが合併でどうなるのか、情報が入ってこない」と美山町に住む障害者の男性(48)は不安げ。行政側の説明は十分といえず、住民への浸透はまだまだだ。 社協関係者からは、新しい市域が広がることで「高齢者や障害者の情報をキャッチしづらくなり、目が行き届きにくくなる」という声も聞かれる。合併により、高齢化率が高い美山、越廼が加わる。高齢化や過疎化の悩みを持つ地域が増えるだけに、新市の福祉サービスの対策は重要となってくる。 四月に合併で誕生する福井市社協では、三町村社協を現行の公民館単位でつくる地区社協と同列にした。これまでの行政主導から、住民やボランティアが中心となった活動に切り替わり、自治会型デイホームや見守り訪問活動などの体制づくりを進める。 美山町のある職員は「急にボランティア運営に移行するのは難しい」と懸念を示すが、市社協の渡辺敬一事務局長は「これからの福祉サービスは、自治会単位の取り組みが大切。行政に限界はあり、社協がカバーして連携を図りながら、きめ細かな対応をしていきたい」と語る。 |
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ある授業では「オリジナル合併協議会」と称して、四市町村のごみ処理の現状を比較し、どう統一するかを意見交換。異なる地域が一つになることの難しさを学んだ。 「授業を通して、福井市がどんなまちになるのか分かった」と話すのは吉川健人君。中出千尋さんは「交通機能が充実すればもっといいまちになる」と新市の未来に期待を寄せた。 ■ ■ ■ 学校教育関連の事務事業で合併協議の”まな板”に載せられたのは四百九件。そのうち現行通りとなったのは百七件で、残りは合併と同時か数年後に「現在の福井市の制度に統一」することに決まった。 三町村が独自に進めてきた教育施策の多くが打ち切られることになり、教員や保護者たちの間では環境の変化を懸念する声が上がっている。美山町のある教育関係者は、今でも「福井市の制度がみんないいとは限らない」と言い切る。 調整が難航した中に公用車の使用に関するものがあった。三町村では役場が所有する公用バスやスクールバスを、部活動や婦人会のイベント、学校行事などの送迎に活用してきた。 しかし、二○○八年度からはこうした送迎サービスはすべて禁止となり、移動手段の確保や費用はすべて自己負担となる。学校ごとのPTA補助金も廃止。ある学校の教頭は「保護者の負担増は『多少』ではすまないレベル」とため息交じりに話す。 不満の声に対し、市教委の田中利憲教育部長は「特例を認めると、現福井市との間に不公平が生じる。バランスを考えると我慢してもらうしかない」と理解を求める。 ただ、美山と越廼の通学用バスは、地域の広さを考慮して合併後も継続する。いわば特例となるが、逆に福井市の山間地区から不満の声が上がる恐れも。クリアすべき課題が見え隠れしている。 ■ ■ ■ さまざまな不安を抱く大人たちをよそに、合併に対する子供たちの思いは前向きだ。地域を見直そうという機運や将来への希望が膨らんでいる。 清水町では「とっとこ(とっておこう)清水」と題した事業で、地域の”宝”と言うべき景観や伝統行事などを写真やビデオに保存した。町民に宝の提案を呼び掛けたところ、清水東小の三年児童が授業の一環で「清水町の宝物」という壁新聞を製作、取材過程で見つけた宝を町に報告した。「将来を担う子供たちが清水の良さを見つめ直す機会となった。本当に良かった」(町担当者)と大人たちは目を細める。 福井大付属中の生徒たちは、二十一世紀の県都の未来図を描いた「新・福井市構想」をまとめた。「プロ野球やJリーグのチームを誘致しよう」「ボタン一つで医療スタッフを呼べるまちに」「市全体に鉄道を通そう」…。将来の福井市を担う子供たちの夢が詰まっている。 |
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「うちの町には国道も高速道路も鉄道もない」―。清水町の齋藤三哲町長は、日野川付近で工事が止まっている県道清水麻生津線の全線開通を地域振興の要と考える。 同町はこれまで、住宅団地や中心市街地づくりなど、職住近接の環境づくりを強く進めてきた。それだけに、福井市との一体感の促進につながる県道整備は不可欠の事業。「大動脈である国道8号につなぎ、地域の立地条件を向上させたい」と期待を寄せる。 既に住民の九割以上が福井市に通勤・通学している”市民”だけに「あと二、三本、日野川を渡る橋がほしい」という声も聞かれる。 ■ ■ ■ 昨年十二月に発表された国勢調査の速報値で、越廼村の人口は二百三十八人減少した。これまでさまざまな社会基盤整備を進めてきたにもかかわらず、過疎に歯止めがかかっていない現状があらためて示された。 「冬場の福井市街地までのアクセス時間を三十分に短縮できれば、若者の村離れに歯止めをかけられるはず」。刀禰麒一村長は、福井市殿下地区を通って市街地に通じる県道福井四ケ浦線の改良が重要な鍵とみる。現時点で過疎に歯止めを掛ける有効な打開策が見つからないだけに「何としても実現しなければならない」と訴える。 美山町も同じ過疎という課題を抱えるが、有塚達郎町長は「福井豪雨で浮き彫りになった山林の整備や宅地の確保を進めていけば、市街地の住民に移り住んでもらえるはず」と前向きだ。町長就任以来、下水道や情報通信網の整備、子育て支援策に取り組んできた。大野、福井両市街地までいずれも三十分圏内という好立地条件に、美山が持つ”潜在的な力”をみる。 ■ ■ ■ 三町村の住民には「合併後も振興策が図られるのか」という不安が根強く残る。時限的に設置され、地域の行政運営について市長に意見を述べる「地域審議会」や「行政顧問」には大きな期待が集まっている。 越廼村の試算によると、県道福井四ケ浦線の改良には少なくとも十数億円が必要。最短ルートにトンネルを掘るとなれば、さらに三倍以上のコストがかかるという。 人口千六百人余りの同村は市議の定数特例期間が切れた後、地元から議員を送り出せるかどうか見通しは厳しい。刀禰村長は「審議会、行政顧問の役割は非常に大きい。地域の声を積極的に吸い上げてもらいたい」と力を込める。 中には、できるだけ早く福井市に一体化すべきという観点から「編入町村を特別扱いする地域審議会の設置期間が十年というのは、長すぎるかもしれない」(有塚美山町長)という指摘はあるが、あくまで少数派だ。 編入町村のこうした訴えに対し、福井市は「目いっぱいのことを要求されるだろうが、優先順位をつけ、行財政基盤の確立を図りながら取り組まなくてはいけない」(総務部)と慎重な姿勢。多額の財政支出を伴う地域振興の前には、行財政改革という「合併の大義」が立ちはだかる。 |
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同グループは昨年六月、町内の有志約四十人が集まって結成した。まちづくりの先進地である福井市との合併を控え、住民と行政が協働して地域の活性化を図る土壌をつくっていこうという狙いだった。ワークショップを開き、現状や課題などを話し合ってきた。 見通しは明るい。一九九七年に発足した町民ぐるみの劇団「木ごころ一座」や、地酒づくりグループなどの活動がベースにあるからだ。新たな展開や他団体との連携を図る将来ビジョンも持っている。町を通じ早くも新市に事業の予算付けを求めるなど、意欲をみせている。 同理事長は「公民館単位の組織づくりはこれからだが、やり方次第では決して今の福井市に負けない」と意気込む。 ■ ■ ■ 福井市のまちづくりは、一九九四年に「うらがまちづくり」という名称でスタートした。市内四十三地区の住民が企画した取り組みに、市が事業費を補助して具体化を図っていく。自発的なまちづくりを促す行政の新たな手法は、住民総参加の形態から”運動会型”とも称され、全国から大きな注目を集めた。 以後も「わがまち夢プラン」「夢・創造」と名称を変えながら、継続して地域の名所づくりやイベントを支援してきた。東安居地区の「菜の花ロード」や宮ノ下地区の「コスモス広苑」などは代表例。数多くの新しい地域の宝を生んだ一連の事業は「市民の誇り百選」の一つにも選ばれた。 合併後の新市では美山、越廼がそれぞれ一地区、清水は四地区に分かれて独自のまちづくりに取り組むことになる。 ただ、これまでの三町村は、行政が主導するイベントに住民が観客として参加する”サーカス型”が基本だった。中核となる公民館の役割も大きく異なっており、運動会型へと底上げを図る体制の整備や住民の意識改革が必要になる。 ■ ■ ■ 市は昨年八月、三町村の住民を集めてまちづくりの方針を説明した。異議を唱える声こそなかったものの、地域によっては不安の声が聞かれた。 合併まで一カ月を切った中で、ある清水町議は「体制づくりが全然進んでいない。組織が固まらないことには何をするかも決まらない。今年、清水地域は何もできないんじゃないか」と懸念を抱く。行政に詳しい越廼村の住民も「住民自治の自覚を持つまでには時間がかかるだろう。五、六年ぐらいで追い付けるようにしないと」と分析する。 こうした声に、福井市東郷地区の「おつくね祭り」を主催する住民グループ「東郷ふるさと協議会」の小川勇治会長(56)は、自分たちの過去を振り返りながら「最初はすべて手探りで不安だった。住民同士でけんかもした」と語る。 試行錯誤を重ね、俵運びリレーやわらしべ投げなど、特色ある祭りを実現した。コメどころで有名な同地区の特長を生かしたイベントは、今や市の名物行事になった。 三町村にとって幸いなのは、既に十年以上の歴史を持つこれら四十三の手本があること。小川会長は「楽しいことをしたいと思う人が何人か集まれば、すぐ実現できる」とエールを送っている。 |
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行政のスリム化を半ば国から押しつけられるような形で進む「平成の大合併」。交付税減額など、地方財政への締め付けがますます強まるのは必至で、四市町村ともに「これまで通りの施設運営は困難」という共通認識がある。 三町村から新しい福井市が引き継ぐ、いわゆる「ハコ物」は約百十施設。このうち一定の収支バランスが求められる有料施設は二十七ある。二○○四年度決算をみると、二十三施設で人件費や維持管理費などの支出が使用料収入を上回り、単純に差し引きした”赤字”額は約二億七千万円に上った。 ■ ■ ■ 日本海に面した国道305号沿いに建つ越廼村の「越前水仙の里公園」。一九九一年の水仙ドームを皮切りに水仙ミュージアム(九三年)、越廼ふるさと資料館(二○○三年)がオープンした。三施設の建設費は十五億円を超え、六割以上を過疎債で賄った。 越前水仙発祥の地をPRするとともに、地元栽培農家の育成や雇用創出など地域に果たしてきた役割は大きい。しかし、九一年度に十九万五千人あった来場者が、○四年度には六万人まで激減。維持管理費を入場料だけで賄うことはできず、○四年度は約四千六百万円を一般財源から繰り入れた。 八九年開設の美山町の温泉施設「みらくる亭」は、湯につかりながら四季折々の杉木立を楽しめる風情が人気を集め、県外から訪れるファンが少なくない。ところが、○四年八月の福井豪雨の際、一カ月半の長期休業を余儀なくされた影響で、毎年五万五千人前後を確保してきた客数は約四万二千人に減少。この年度は過去最悪となる六千七百五十万円の”赤字”決算となった。 みらくる亭の施設従事者は十人の町職員を含む二十九人。歳出のほぼ半分を人件費が占める。同規模の類似施設で、昨年十月から民間に運営を委託した福井市の国民宿舎「鷹巣荘」の市職員が四人だったのと比べ「効率化の余地はある」との見方は少なくない。 ■ ■ ■ 公共施設の収支が悪いのは福井市も同様だ。○四年度、市公共施設等管理公社に管理委託していた十五施設の経費は計約十億四千万円。使用料収入は約四億七千万円しかなく、約五億七千万円は一般財源から補った。 危機感を持った市は、三十三施設で「指定管理者制度」を導入することを決定。鷹巣荘に続いて新年度からは、治水記念館や福井駅周辺四駐車場などの管理運営を民間やNPOなどに委ねる。 三町村の施設についても▽直営維持▽指定管理者への委託▽民間譲渡・売却▽廃止―に分類し、今後の運営の在り方を検討する。ただ、公共施設の存在意義は住民福祉の向上にあるだけに、単に収益面だけで判断できない側面もある。地元雇用の維持や産業振興の観点から、激変緩和措置を望む町村関係者の声も根強い。 市財政部では「毎年積み重なる赤字は放置できない。合併後直ちに経営改善に取り組み、財政負担の軽減に努める」との基本方針を崩していないが、地元との調整は難航しそうだ。る」とエールを送っている。 |
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福井市をはじめ清水町、越廼村の市外局番は「0776」だが、美山町は「07797」。合併後も他地域への市内通話ができず、市外料金が余計に掛かる。町は昨年九月、北陸総合通信局に市外局番の変更を要望。同局は電気通信業者と切り替えを検討しているが、過去の例をみても一年程度はかかるとみられる。 電話番号を例に引くまでもなく、町村住民に市民意識を醸成していくのは容易ではない。合併によって新市の最東端となる美山町川上の主婦(60)は「市の保健センターなどは遠くて不便。メリットが見えず実感がわかない」。越廼村のある村議も「合併に対する村民の意識は低く、越廼を福井市の一部としてアピールしていけるだろうか」と話す。 合併期日の二月一日を機に、町村住民の暮らしが劇的に変わるわけではない。新市の一体感をつくり上げていく上で、二十七万市民が共通意識を持てるかどうかが大きな課題だ。 ■ ■ ■ 三町村は二月中にも、集落の出入り口などに立つ町名表示板を新市の住所表記に変更する。「目に見える形で住民に福井市を認識させたい」(清水町職員)からだ。 スポーツを通した交流も最大限に活用する。六月の市民体育大会には三町村の住民も参加してもらい、地区対抗を一層盛り上げる。市スポーツ課は「勝ち負けではなく、市民としての一体感が生まれる場にしたい。清水、美山の体育施設もフルに使う」と意気込む。 いち早く交流の輪を広げている世代もある。二月四日に市フェニックス・プラザで開く合併記念式典では、福井市足羽中をはじめ美山、清水、越廼各中学校の生徒約百四十人が合唱を披露する。 自ら参加を希望した生徒たちは、昨年十二月十一日に合同練習に臨んだ。最初は表情の硬かった生徒たちだが、何度も声を合わせていくうちに次第に打ち解け、大きな声が出るようになった。 「境目のない一つのまちとして栄えてほしい」「互いの地域が競い合って活気づけば、将来の福井市の生活は良くなる」―。口々に語る生徒たち。式典では、新市への希望や将来像をテーマにしたメッセージを読み上げる。 ■ ■ ■ 新市の一体感を醸成するのに時間がかかるのは確かだが、市合併特命幹の村尾敬治総務部長は「まちづくりなどを通じ、地域をアピールしながら市に参画していくという意識が大きく寄与するはず」と話す。 福井市は一八八九年の市制施行後、周辺部との編入合併を繰り返し規模を拡大してきた。現在の運動会型まちづくりや社会福祉活動など自立した地域性の背景には、各地区の特色や伝統が色濃く残っている。 一九七一年に編入された旧足羽町職員で市職員も務めた男性(69)は「旧足羽町には朝倉氏遺跡という”宝”があったし、合併後も福井市の中で自立してきた。今回の合併でも、町村住民たちが自分たちの地域の位置付けや振興策を自ら考えるようになれば、市民意識が生まれてくるはず」と語る。 同遺跡を使ったイベントは今では旧足羽町六地区の誇りとなり、市内でも有数の特色あるまちづくりが進められている。同じように、三町村の住民がそれぞれの地域特性を生かした振興について意識を高めることが、一体化に向けた第一歩となる。(おわり) |
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